ダークマター(暗黒物質)の存在を示唆する証拠が得られて、今年でちょうど80周年となります。しかし、80年という年月を経た現在に至っても、このとらえどころの無い物質の正体は明らかになっていません。天体物理学においては、宇宙の重さのほとんどがダークマターによって担われているということはほぼ確実であると考えられていますが、これまでのダークマターの性質を探る試みは何の収穫もあげられていません。

ダークマターの歴史は、1933年に優秀だが常識破りなCaltech(カリフォルニア工科大学)の天文学者Fritz Zwickyが「かみのけ座銀河団」の不自然な様子に気がついたことに始まります。この銀河団を構成する銀河は重力的に捉えられているようにみえるにも関わらず、その運動は銀河団を飛び出し分裂させるほどの速度を持っていたのです。かみのけ座銀河団はどのようにしてその形状を保っていられるのでしょうか?
この遠い銀河団の星は我々の銀河の星より重いのでしょうか?
物理法則は場所によって異なっているのでしょうか?
ほとんどあり得ないほどの確率ですが、かみのけ座銀河団が崩壊する瞬間が捉えられているのでしょうか?
Zwickyは様々な可能性を考慮した結果、かみのけ座銀河団には大量の目に見えない物質が含まれていると仮定することで、この謎を説明できると結論づけました。
ダークマター理論の誕生です。

1930年代より、宇宙に豊富に存在すると考えられる目に見えない物質の候補は様々に入れ替わってきました。かみのけ座銀河団に関するZwickyの論文は多くの研究者を説得することはできませんでしたが、1970年代までに得られたダークマターの存在を支持する一連の証拠により、多くの天文学コミュニティーにおいても「失われた質量」問題が実在していると認知されるようになりました。Vera Rubin, Kent Ford, 他の銀河回転の詳細な観測により、星やガスといった望遠鏡で観測できる物質だけでは多くの銀河や銀河団の運動を説明できないことが明らかになりました。物理学者は、宇宙の質量の約5/6はダークマターであると試算しています。

この失われた質量の候補として、望遠鏡では容易に検出できないほど微小な星も含まれます。しかし、白色矮星や中性子星、その他の微小天体の探査では、ダークマターの問題を解決できるほどの天体を検出することはできませんでした。最近の調査でも、惑星や褐色矮星、大質量ブラックホールがダークマターである可能性は排除されました。ダークマターは、原子のような既知の物質からなるものでは無いということです。

最も極端な代替案として、一部の物理学者は重力が場所によってニュートンやアインシュタインが予言した法則とは異なる作用を示す可能性を提唱しています。それによって、銀河の回転の法則が変わり、ダークマターの必要性を排除できます。MOND(修正ニュートン力学)と呼ばれるこのアイディアは最初のうちは有望だと考えられていましたが、最新の銀河団や宇宙背景放射の観測ではMONDよりダークマターの方が強く支持されています。

すべての観測結果は、銀河や銀河団は目にみえないダークマター粒子の巨大な雲(ハロー)の中に埋もれているという結論を示唆しています。この粒子はWIMPs(weakly interacting massive particles; 弱い相互作用する有質量粒子)として知られています。これらの粒子は我々の周りにも存在していると考えられますが、なじみのある物質とは相互作用をほとんどしないため、直接的な観測にはほとんどかからず、現在まで観測されていません。


  • 'Dark Matter in the Discovery Age' Dan Hooper, Sky and Telescope誌, 2013年1月